谷崎潤一郎『台所太平記』




電車に乗るときに鞄に忍ばせ、ゆっくりゆっくり読んだ。


作家夫婦の下で働く女中を「雇い主の目線」と「親の目線」との双方から描いていく物語。何か大きな事件、トリック殺人その他諸々あるわけではないが、ひとりひとり丁寧に描き出される女中たちの物語は、今で言うキャラクターストーリーズのような楽しみがある。人生そのものに楽しみを見出させる人は、面白く読めるのではないかと思う。その昔日本にも確かにあった「女中さん」という職業を垣間見ることができるのもいい。


とはいえ、ただの召使いと主人という関係ではなく、もっと人間的な付き合いであるのも興味深い。主人が贔屓にしている女の子を映画に誘ったり食事に連れ出したり、字の読み書きを教えたり、嫁ぎ先や新しい勤め先を斡旋したり……ただ単に仕事の従事するだけではない自発的な女性の職場として家庭が機能していたのだろう。


そういえば作中でしっかり「メイドさん」という表記が出てくる部分があり、少なくとも大正時代にはその名称が日本にも存在した、というのはちょっとした驚きだった。私は将来メイドを雇いたいと思っているのだけれど(いい加減しつこく言いすぎですね)こういう場であるなら、社会的にも対外的にも説明がしやすくていいなぁ、とも思う。最近で言うところの「家事手伝い」みたいなものだろうか……。


なかなか現在の日本では難しいとは思うが、例えば海外の人間を雇うのなら、ありえるような気もする。実際に東南アジアなどの女性が米英国ホテルで熱心に働いている、という話も聞く。正社員や非正規雇用という枠が追々にまで響いてくる昨今の就労状況をどうクリアするかが、実現するか否かになるのだろうか。単純にお金の問題、なのかもしれないが、自らがメイドを雇いいれるときは、『台所太平記』のような家庭にしてみたいとも思う。