2 作品を介在させたコミュニケーション




哲学者・批評家の東浩紀は二〇〇七年の著書『ゲーム的リアリズムの誕生』において、出版やラジオやテレビとインターネットの成長の仕方に違いがあると述べている。前者は、近代社会では大きな物語を大画面で画一的に伝達することを必要とし、その要請に応えて成長した「コンテンツ志向メディア」である。後者は、多様な小さな物語の共存が必要とされる「コミュニケーション志向メディア」であり、とりわけインターネットが、この要請に応えて進化していったメディアである。
続けて東は以下のように書く。


──私たちはいま、ひとつのパッケージでひとつの物語を享受するよりも、ひとつのプラットフォームのうえでできるだけ多くのコミュニケーションを交換し、副産物としての多様な物語を動的に消費するほうを好む、そういう環境の中に生き始めている。


ニコニコ動画に集う作品群を見ていると、この東の主張の正当性を如実に感じることができる。代表的な初音ミクを例に挙げて、検証を試みる。
二〇〇七年八月末にクリプトン・フューチャー・メディア社から発売された音声合成・デスクトップミュージックソフトウェアである初音ミクは、ニコニコ動画で大きな反響を呼び、執筆現在もその熱は続いている。キャラクター・ボーカル・シリーズと銘打たれた初音ミクは、ソフトウェア自体に「未来のアイドル」をコンセプトにキャラクター付けをしており、ベース音声に声優の藤田咲を起用しているのが特徴だ。
ここでいうキャラクター付けとは、最低限の設定とイメージ画像がついているだけである。ユーザーは、思い思いの方法で、初音ミクに対する性格設定をいわば二次創作的に行うことができた。結果、ニコニコ動画初音ミクを用いて投稿された動画によって、初音ミクは「ネギが好き」という設定が広まった例がある。『VOCALOID2 初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた』という動画内で、デフォルメされた初音ミクがネギを振っていることがきっかけとなったとされる。
この後、生み出される多くの作品で初音ミクがネギを持っていたり、それを好むような表現が使われたりするようになった。「ネギが好き」という「小さな物語」を、ニコニコ動画に集う人たちが共有したともいえる。ここで東の主張にかえってみると、以下のようにあてはめることができる。


 ひとつのプラットフォーム=初音ミク
 多くのコミュニケーションの交換=ニコニコ動画
 副産物としての多様な物語=ネギが好き


そして視聴者たちは、初音ミクを動的に消費する。カバー楽曲やオリジナル楽曲が数多く投稿され、それに合わせるプロモーション・ヴィデオが製作され、その多くが投稿から数日間で何十万という再生数を稼いでいく。
初音ミクに対する設定は他にもあるが、ニコニコ動画に集う人たちは、この現象を当然のように享受し、共有している。動画を通したコミュニケーションにより、ユーザーの間で広まり、受け入れられていったところに、誰かが火付け役となって意図的に広めていく流行やブームとの違いがある。自由に性格決定ができるように必要最低限の設定で生み出されたはずの初音ミクに、ニコニコ動画ユーザーの中で広まった共通思想(設定)を使用をすることで、私たちは初音ミクを介在してコミュニケーションをとることができる。
ニコニコ動画がコミュニケーション志向メディアに特化したものであると考えれば、初音ミクはこのシステムにあまりに適合していたということである。インターネットを通じて、顔も素性も知らないユーザーたちが、お約束を共有するところに、時間や空間を超えた非同期コミュニケーションとしての成功がある。