『礼儀作法入門』、『文士の酒、編集者の酒』……他。




しばらく読書日記を書いていなかったら、そこそこ溜まっていたのでまとめ書き。



山口瞳『礼儀作法入門』
「社会人初心者に贈りたい人生の副読本」と裏表紙の照会文にあるように、山口瞳という作家が自らの体験と経験から導き出した礼儀作法……いやこれは処世術というべきだろう。冠婚葬祭にはじまり、酒の飲み方、病気見舞い、手紙の書き方、贈り物、男女の別れ方に至るまで、あらゆる「術」を教えてくれる。
たとえば病気見舞い。見舞いに果物など絶対に持っていってはいけない。もしその病人が他にも果物をたくさんもらっていたら、まず持て余す。ましてメロンなどの高級品であれば、快気祝いということでお返しをしようにも出費がかさみ、入院費で懐に痛手を負うものにとって、さらに追い討ちをかけることになる。それから花というのも考え物だ。病人は万事につけて敏感になっているので、夜中に臭ったりすると気になって仕方がなくなる。立派な花束がいくつも集まってしまうと、まるでベッド周りが祭壇のようになってしまうし、花が枯れていく様というのも、心象がよくない。結局、もっとも好ましいお見舞い品は「寝間着」か「現金」である。
などなど。何か困ったことがあれば常に開いて、参考にしたい本だ。


村松友視『文士の酒、編集者の酒』
筆者は中央公論社に入社後、多くの文士や文化人と関わり、様々な酒場やその生態を目の当たりにしてきた。その体験から得た独自の「飲酒の心得」や、酒にまつわる「文士との回顧録」をまとめた一冊。筆者は『時代屋の女房』で直木賞もとっている。
第3章『酒を飲む仲になるまで』で、吉行淳之介との交流について書いてあったので、買ってみた。
「気遣いの人」と評される吉行淳之介だが、それを感じさせるエピソードがあってよかった。満員のバーで、吉行がトイレに立った。トイレから帰ってくる際、もとの席へ戻る途中で知り合いの編集者と目が合うと、その座卓に混ざり、別の出版社の人間も巻き込んで場を転がし、やがてすいっと立ってもとの席へ戻ったという。これを筆者は、「花道の七三でいったん立ち止まり、ゆっくりとした見得で客席を楽しませてくれたあげく、やや大衆演劇的な乗りで客と握手までして本舞台へ戻るという芸を楽しませてくれた」と喩えた。雰囲気が伝わってくるよい喩えだと思う。そういう大人に、酒飲みに、なりたいもの……これはなかなかどうして、難しいだろうが。


阿佐田哲也『ギャンブル人生論』
色川武大など複数の筆名を使いながら純文学や麻雀小説で名を馳せた著者が、作家活動に入る以前に生活を賭けてのめり込んでいたギャンブル生活からの見地を記した一冊。いかにして阿佐田哲也阿佐田哲也となったのかを、記しているともいえるだろう。自伝に近いような匂いもある。
生まれてこの方、ギャンブルらしいギャンブルをしてこなかった私には、想像もできないし実感もない話がいっぱいであった。それでも、長い歴史の中で常に人を虜にし続けてきたギャンブルそのものの高揚や魅力は、少なからず味わうことが出来た、ような気がする。麻雀が好き人が読めば、十倍は楽しいにちがいない。この歳までしっかりと麻雀のルール(大まかにはわかるのだけど……)を知らない私は、どうにもつまらない人間のように思われてしまった。やはりもう一度、ちゃんと覚えなおしてみるべきだろうか……。