伊達一行『0回帰線』




1ヶ月ほど前に書き上げた小説を先生に見せたところ、参考になるだろうということで貸していただいた一冊。
抑制の利いた文章だが、難解な言い回しや比喩も多く(私の趣味からいえば甚だ重くるしい)読むのに多少の時間は費やしたが、自らが書いたものの底の浅さというか、突き詰めればどこまでもいけてしまう題材だということに気づかされた。
『0回帰線』も私の『水没する青』も、「神」というキーが共通している。もちろん用いられ方や方向性の違いはあるのだが。
エンターテイメントとしても『0回帰線』は面白い。あらすじなど混みいったものはAmazonでも何でも読んでいただければわかるので割愛するが、人間と神、神の概念と日本人、日本人と信仰、信仰と欺瞞……虚業としての新興宗教団体を核に、様々に絡み合う精神の対話は、読んでいて妙な恐れと畏れを感じることができた。
ただ、結末には不満が残る。どう着地するものか楽しみにしていたが、やや性急のように思ったし、驚きも少なかった。もちろん最後まで読まないとわからない事柄もあるので、それはそれでよいのだが、物語中盤と終盤を見比べてしまうと、物足りなさを覚えてしまった。

まぁ、この文章はアルバイトに行く道すがら、携帯電話でつらつら書いているもので、大したことは書けない。言い訳にするわけではないが、評論云々よりただの感想だな。読書記録のようなものである。失敬、失敬。

私にとっては得るものがあった。
構想している小説に、ここから何かが沸きだしてくればよいな、と思う。