『百万円と苦虫女』(吉祥寺バウスシアター)




映画をほとんど見たことがない。名作も話題作も知らないものばかりだ。私は映画と無縁に生きてきたが、映画館は好きである。ただ映画を見るためだけに存在する空間、というのが心地よい。もしかすると私は「空間」が好きなのかもしれない。ライブハウスも、美術館も、劇場も、演者と観客が「空間」を共有できるという快感。小説は「空間」共有型の芸術ではないからかもしれない。よいところもあるが、少し寂しい。だからその点、DVDという存在は、なんだかよくわからない。


百万円と苦虫女』を見た。
設定はとてもいい。ルームシェアの同居人との諍いから前科者になってしまった鈴子(蒼井優)。実家に戻るも、弟・拓也の中学受験や近所の風評もあって居辛くなり、100万円を貯めて家を出て行くことにする。行き着いた先で短期のアルバイトをこなして使った分を補填し、また100万円貯まったら、次の場所へ移っていく……。

(もしかするとこの先ネタバレになることがあるかもしれないので、そういうのはイヤだ、という方はご覧にならない方がよいでしょう。)

予告等々で描かれている通り、各地を転々とした鈴子が、ある地方都市で出会った大学生・中島(森山未來)と恋に落ちる。それはいい。とても実直な展開なのだが、それまで鈴子は自分が前科者であるという負い目もあってどこか無頼で生きてきたのが、この地方都市編で急速に女の子らしくなる。一目惚れなのかもしれないが、鈴子が「恋に落ちる」という瞬間と過程が希薄なせいで、釈然としない気持ちがあった。中島は鈴子が100万円を貯めると次の場所へ移ってしまうのでは、という恐れから鈴子に幾度も金を借りたりデートの費用を出させる男を「演じる」のだが、これがもう、おそろしいくらいにわかりやすく、むしろこのわかりやすすぎる先行きをどう畳むのかに興味がいってしまった。結局、鈴子と破局するのだが、中島は後を追おうとしない。そこで後輩の女性にネタバレ(それも唐突に)され、中島が走り出す展開に、この親切すぎるパスボールはいったい何なんだろうと思った。
鈴子が行った先での物語は、大きく3つに分かれる。海編、山編、地方都市編だが、前編見ると、地方都市編にかかるウェイトが大きく、海編の印象がほとんど残らない。海編を削って地方都市編を濃くするか、弟・拓也とのやり取りを濃くするか、他にやりようがあったかもしれない。と、書いてみて、これこそ連続ドラマで12時間使ってやればよかったのでは……と今は思ってきた。蒼井優森山未來なら話題性もそれなりにあるだろう。

以下は戯言だが、例えば中島が鈴子から金を引っぱるのであれば、本当に中島を悪い男にしてみるのはどうか。後輩の女性とも関係を持ち、鈴子とも関係を持ち、それぞれの女性に合わせて口説き方を変える巧妙さでどちらからも金をせびるヒモ大学生にする。そこで鈴子の生き方や考え方が反映され、中島自身が自分を見つめなおす。実は鈴子も中島も「自分を探している」のではなく「自分から逃げている」という同じ状況下に置いてはじめて、お互いがお互いをどう欲しているか、どうしたいのかが見えてきて、鈴子が地方都市を離れる決断に至るにしても、もう少し先が読めないような気がする。

とにもかくにも、蒼井優の存在感で画面が保っているような時間が多く、まさに「蒼井優祭り」とでも言いたくなるような感じがあった。もしかすると役者先行で脚本ができたのではないか、と疑ってみたくもなる。蒼井優の演技を学びたい、よく見たい、ファンである、そういう人なら面白みもまた違ってくるのではないか。